ARKは2023年第3四半期の決算後、パランティアの株式を買い戻した。まさかの動きだった。
2021年、ARKはパランティアの株式を全て売却している。一部の割合ではなく、全てだ。
ARKにとってこの “全売却” が意味するところは「パランティアに破壊的イノベーション銘柄としての将来性はない」ということであったと結論付けても違和感はなかった。ARKがまた買い始めたということは、その将来性がまた違った確度で見えてきたからなのだろうか。
今回はそこを紐解いていこうと思う。元々ARKはパランティアのどこを評価してIPO後、継続的に買っていたのか、なぜ2021年に全売却するに至ったのか、そして全売却した当時と比べて同社の何が変わって今回買い戻すに至ったのか。時系列を追って解説していく。
まずはじめにパランティアがどういった企業であるかを簡単に説明する。
パランティアはピーター・ティールによって2003年に設立されたデータ分析を強みとした米国のソフトウェア企業で、2020年9月にニューヨーク証券取引所に上場した。
同社は、国の政府機関や大企業を主な顧客として様々なデータ分析サービスを提供しており、例えば、テロリズムの予防や犯罪調査、金融詐欺の防止、医療データの解析といった重要な社会課題にたいしてデータドリブンなアプローチで解決の手助けをしている。
アメリカのCIAも顧客の1つであり、イスラム過激派のテロ組織「アルカイダ」の指導者であるウサマ・ビンラディンの居場所を突き詰めたのがパランティアであるというのは有名な噂として巷で知られている。
大規模で複雑なデータセットを効果的に処理し、パターン認識や機械学習、AIなどの高度な技術を駆使して、顧客がデータに埋もれずに重要な情報を把握できるように支援する。それが同社のビジネスだ。
2022年通期の売上高は約19億ドル、2023年6月現在の時価総額は318億ドルといった規模になっている。
2021年、ARKはパランティアの株式を全売却することになるが、それまでは継続的に同社の株式を買い続けていた。ARKはパランティアの何を評価し、積極的に投資を続けていたのだろうか。
キャシーの過去の発信を探ってみると、彼女はパランティアの「政府部門」におけるビジネスに特に注目していたことが分かった。
CNBCのインタビューでキャシーはこう語っている。
「イノベーションの領域で学んだことは私たちの生涯で最も重要なイノベーションのいくつかは、特に政府の情報部門で始まることが多い」
これはどういうことなのだろうか。キャシーのTwitterによる発言では、「DARPAのインターネット発明」をその例として言及している。
DAPRA (国防口頭研究計画局) は、1950年代に米国の国防総省が軍事利用のための先進技術の研究開発を行う目的で発足された組織だったが、DAPRAは軍事目的に限らず、一般公募によりさまざまな研究への資金提供を行っていた。
こうした資金提供の1つとして1967年に研究が開始されたプロジェクトが、インターネットの始まりとも言える、世界初のパケット通信ネットワーク「APRANET」である。
少し極端な例ではあるかもしれないが、キャシーはこういった研究成果がパランティアでも得られるのではないか考えているようだ。
本当にそういった発明が今後も政府の研究機関から生まれるかどうかは分からないが、事実としてパランティアは政府から大きな資金を得ながら、ビックデータ、AIといった最先端の技術領域を走り続けている。
ARKがパランティアの株式を全売却した年、2021年。
何が起こっていたかというとまさにキャシーが最も期待していたと考えられる同社の政府部門の成長が鈍化したのである。
2021年の売上の内訳を見てみると、民間部門が各クォータ毎に順調に成長し続けているのに対して、政府部門は20年4Qから21年2Qに掛けては順調に成長しているように見えるものの、21年3Qでは売上が減少し、21年全体でみるとほぼ横ばいから微増といった結果になっている。
政府部門の顧客数も20年Q4が91だったのに対し、21年Q4も変わらず91といった数字。
3Qで雲行きの怪しさを感じつつも即座に売ることはしなかったが、通期での決算で政府部門の成長が明確に鈍化していることを確認できたため、全売却に至ったという流れだ。
また、当時は株式市場がまさに冬の時代を迎えようとしていたタイミングだった。
インフレや金利による影響を受けて株式市場は総じてマイナス。ARKKの価格は2021年2月をピークに約55%も下落していた。キャシーも当時のCNBCのインタビューでリスクオフの状況であることを認めていた。
ARKはこういったリスクオフの状況下では、破壊的イノベーションの観点で確信度の低い銘柄を減らすか清算をし、より確信度の高い銘柄に資金を集中させる動きを取る傾向があることが過去の投資行動からも、ARK関係者からの発言からも分かっている。
つまり、リスクオフの状況化でキャシーが当初注目していた政府部門の成長鈍化が起こってしまったことでパランティアは清算の対象銘柄に入ってしまったということになる。
なお、ARKはこの時期にパランティアを清算している一方で、TeslaやZoom、Rokuといった元々保有割合が上位で将来の確信度がより高いと考えられる銘柄を買い増している。
ご存知の通り、今年2023年、OpenAIが発表したChatGPTの急速な普及をきっかけとして空前のAIブームが到来した。AIの学習に使われるGPUを生産しているNvidiaの株価は2021年~2022年に大幅に下げた分を一気に駆け上って今は過去最高値を更新している。
GoogleやAmazon、Metaなどのビックテックもその波に乗りAIへの投資にアクセルを踏んでいる。
そういったAIの特需に加えて、FRBによる金利の引き上げも終わりが見えてきたことなどでS&P500のインデックス指数も年初来で約12%ほどの伸びを見せている。そういった状況を踏まえると、今は明確にリスクオフの状況からは脱していると考えて良いだろう。
さて、リスクオフの期間が終わるとARKは確信度が高い銘柄に集中させていたポートフォリオを分散しはじめる。一度全売却されたパランティアも将来性がまた期待できる状況になっていれば買い戻しの対象となる。
さて、政府部門の成長の鈍化が明らかになった21年4Q以降の状況をみてみよう。
素晴らしいと言えるほど成長率が復活している訳ではないが、少なくとも停滞の期間は抜け、今後も再成長し続けることが期待できる結果を出すことができている。
20年Q1から91の数字で停滞していた政府部門の顧客数も23年Q1では111となっており、こちらも明確に再成長し始めている。
政府部門がこれから成長し続ける期待を再度持てる材料は揃っているため、これだけを見てもARKがパランティアを買い戻した理由として十分だ。
パランティアは今年の4月7日に「Palantir Artificial Intelligence Platform (AIP) 」という製品を発表している。リスクオフ期間の終了、政府部門の再成長、それに加えて今回の製品発表がARKがパランティア株を買い戻す強いきっかけを作った。
AIPは同社がこれまで開発してきた機械学習技術と、ChatGPTやGoogle Bardなどのアプリケーションに使用されている大規模言語モデルを組み合わせたようなもので、具体的なユースケースとして以下の2つの例が挙げられている。
AIPのデモ動画を見るとより実感できるが、この製品は明らかに同社のビジネスをより後押ししていく存在になっていく期待が持てる。
ARKは今到来している、そしてこれから更に波が大きくなっていくであろうAI時代において、「価値ある独自データを持つ企業こそが勝者になる」と考えており、その考え方はARKのポートフォリオにも大きく反映されている。
自動運転に関するデータをどこよりも多く保有しているTesla、人同士のコミュニケーションに関するデータを多く保有しているZoomやTwilio、リアルタイム3Dに関するデータを多く保有しているUnity Softwareなどがその例だ。
そして、政府機関が持つ機密情報をビックデータという形で持ち、既に活用しているパランティアもまさにその代表例の1つであり、ARKが同社のここを魅力的に感じているのは間違いないはずだ。
上でも軽く触れたが、GAFAMなどのビックテックも漏れなくこのAIのブームの波に乗り遅れないように必死になっている。しかし、こういったビックテックのAI投資に対して場合によっては大きなリスクが潜んでいるとARKは考えている。
例えばGoogle。大規模言語モデルを搭載したプロダクト「Google Bard」を自社の検索エンジンに組み込み、ユーザー体験を向上しようとしている。そのままAIを導入すると「おすすめの洗濯機は?」と検索すると、Webサイトを訪れずともすぐにその答えをGoogleのサイト上で教えてくれるようになる。確かにユーザーとしては便利だが、その裏側でどんなビジネス影響が起こるだろうか?
ユーザーはすぐに答えを知れるのでWebサイトに訪れることはなくなり、サイト上の広告 (Google Adsense) が踏まれる機会も減れば、Googleの検索結果に表示される広告 (Google Adwords) も踏まれる機会も減っていくだろう。Googleはこれまでも、そして現状もこれらから得られる収益が大部分を占めており、ここのカニバリズムには今後大きな悩みの種になっていくだろう。
Amazonの検索におけるAI導入も同様だ。いわゆるイノベーションのジレンマというやつである。
逆にMicrosoftのようなOffice製品については、広告のビジネスモデルと違い、AIが製品の価値向上に繋がり、製品の購入に直接的に貢献してくれるためそこの懸念はない。こういった理由でARKの研究修責任者であるブレット・ウィントンは、ビックテックの中で勝者を決めるとするならば、それはマイクロソフトだろうと発言している。
こういった背景でAIの領域で投資妙味があるのはビックテックではなく、既存ビジネスにカニバリズムが起こりにくく、むしろ収益をブーストさせる手助けになる可能性が高い企業であると考え、その文脈でパランティアにも投資し始めたのだろう。
ビックテックの既存製品に対するAI導入が今後どういった形で進み、AIは果たして彼らの収益を拡大させる手助けになるのだろうか。これから注目していきたい。